松本雄貴のブログ

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92回目「うつくしい人」(西加奈子:幻冬舎文庫)

自分は飲食店で注文するのが苦手である。ラーメン屋に行くと、皆口々に「麺固め」「ネギ多め」「背油少なめ」「ニンニク抜き」なんて注文をする。自分はあれができないのである。店員に「トッピングはどうしましょう?」と聞かれても毎回「全部、普通で」と小声で言ってしまう。本当は、メンマとかキムチとか色々付け足したいのだが、なんだか言えないのである。

散髪も苦手である。「どんな髪型にしましょう?」と聞かれるのが辛い。「こういう髪型にして欲しい」と具体的に言うのが恥ずかしい。写真を見せて髪型を指定するのもできない。「お前には似合わない」と美容師に馬鹿にされたらどうしよう、なんて考えてしまう。

披露宴などで行われるビンゴ大会も嫌いだ。ビンゴになっても知らない人が多数いる中で「ビンゴ!」と叫ぶことができない。恥ずかしい。リーチになった瞬間に「どうかビンゴにならないでくれ」と心の中で祈っている始末である。そのため、何度か景品も貰い損ねている。

これらは全て、自意識からくる羞恥心に起因している。自分がどんなラーメンを食べようが、どんな髪型をしようが、「ビンゴ!」と叫ぼうが、誰も気にしないのは承知している。しかし、できないのである。

そんな自分であるから、西加奈子さんの「うつくしい人」の主人公には、ものすごく共感できる。

周りの目を過剰に気にする女性が、四国に一人旅をする小説である。前半は、主人公・百合の自意識過剰からくる失敗談や妄想などが哀しくもユーモラスに描かれ、笑える。飛行機内で騒ぐデリカシーの無いおばちゃん軍団の図太さに対して、批判的な気持ちと同時に羨ましさも感じてしまう場面など、主人公の内面描写には共感しかない。また中盤に登場するうだつの上がらないバーテンダー坂崎の人物造形が面白い。究極の自然体のような男であり、繊細な自意識を護るために過剰に防御する主人公との対比が興味深い。掴みどころのないドイツ人の青年を含めた3人の会話が、微妙な調和を保っており、滑稽さとユーモアが全編に漂っている。主人公の凝り固まった自意識が、2人の男によって解きほぐされていく様子が優しく描かれており、読んでいるこちらの心までも、何かから解放させてくれる。そんな読後感があった。

主人公の性格を形作るきっかけとなった姉の存在が、辛い。姉の過去の話は、全体的に哀しいけれど優しいユーモアが漂う小説の雰囲気とは違い、重たい。姉が虐められるまでの経緯を冷静に見つめ分析し、さらにはそこから処世術を得る妹。ものすごく冷静に淡々と語られるのだが、冷静を装った文体から滲み出る「熱」のようなものが、読み手にはプレッシャーに感じた。全然違う小説だが、大岡昇平の『俘虜記』の冒頭のような…。

その圧は、作者が強調したい部分やフレーズを「」で表現するのに起因しているように思う。

「いい子」「素直な世界」「美しい人形」「社会」「渦中の人」「成功」「もうひとつの眼」

というように、姉の事情を描く箇所は鍵括弧で強調するところが異様に多いのだ。これが、一つの効果にはなっているとは思うが、自分には少し暑苦しく感じた。