松本雄貴のブログ

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99回目「音楽」(三島由紀夫:新潮文庫)

解説で澁澤龍彦が書いているように、『音楽』は三島由紀夫の作品群の中では主流ではない。マイナーな作品である。しかし、個人的には『仮面の告白』や『金閣寺』のような代表作より、この『音楽』の方が好きなのだ。理由は、他の三島作品を読んだ時に感じるゴリゴリのマッチョな感じが無く、都会的に洗練されていて、文章が抵抗無く入ってくるからだ。近親相姦というショッキングなテーマを扱っているけれど、ドロドロした感じはない。心療内科の分析室という清潔で雑音の少ない場所で、殆どの話が進行するのが理由かもしれない。ブライアン・イーノの音楽でも流れていそうな…。

精神分析医の男性が、不感症の女性を治療する話。自由連想法に始まり、フロイトとか実存主義哲学なども出てくるが、物語自体はオーソドックスな形式を踏まえている。「女の不感症を治す」という最終目的があり、その目的達成の為に、分析という手段を用いるが、女の嘘やトラウマ、医者と患者の心理の駆け引き、第三者の妨害といった目的達成を阻むための「障害」が随所に設置されており、「兄との対峙」というクライマックスというべきシーンの後、エピローグで余韻も残す。万全な構えの物語小説だ。人間の「性」「精神」という複雑に入り組んだ荒野に迷い込み翻弄される精神科医は、冒険譚の主人公のようだった。

 

精神分析にちなんで、個人的な話をもう少しすると、自分は心理テストがどうも苦手である。あるいは、就職試験などで出されるSPIも苦手である。もっといえば、視力検査も苦手なのである。

ああいうのは、「極力考えずに思い浮かんだもの」を直感で選択するように言われる。自分は、それができない。「こっちを選んだら悪い結果が出そうだから、別の方を選ぼう」と、考えてしまうからである。或いは、出題者の意図を勘ぐってしまう。心理テストやSPIが自分のような捻くれた人間が受けることも想定しているとはどうしても思えないし、その信憑性に甚だ疑問があるのだ。

視力検査の場合は、少し事情が違って、自分は右目の方が左目より視力が良い。だから、右目を測った後に左目を測ると、実際は「見えない」のに右目で見た時に答えが分かっているため、「分かりません」と答える事になんとなく罪悪感があり、結果、左目では見えないのに右目で見えていたときの答えを思い出して「上」なんて言ってしまい、毎回、度の合っていないコンタクトレンズを購入してしまう始末なのだが、最近の視力検査は、もう少しハイテクになっており、そんな自分の嘘も通用しないようにできている。