松本雄貴のブログ

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95回目「虞美人草」(夏目漱石:岩波文庫)

恋愛小説の書き方を学びたいなら、まず、この『虞美人草』を読む事をお勧めする。明治時代の小説だと思って侮ってはいけない。恋愛小説を成立させる全ての要素が、余すところなく詰め込まれている。複雑な人間関係、キャラクターの類型、ドラマの展開のさせ方、などなど。読者を楽しませる工夫が散りばめられている。我が強く他人を見下す癖があるヒロインと、腹黒く本音を見せない母親が破滅していく様はカタルシスがある。真っすぐな男が恋敵であるはずの優柔不断な男を更生させる経緯は痛快である。「人間らしく正直に生きよう」という単純明快なメッセージも、これだけ正面切って言われると気持ちが良い。正直、昼ドラと変わらない通俗的な内容である。しかし、「昼ドラ」の脚本のフォーマットが、この明治の時代に出来上がっていたのかと思うと、それはそれで興味深い。つまるところ、「通俗的なものを楽しむ」「ドロドロした恋愛が面白い」という人間の心理は、明治も令和も同じなのではないだろうか。兎に角、エンターテイメントとして一級品である。

ラスト。失恋したヒロインがショックで死ぬ、というのは強引過ぎるし、よく分からないと思った。が、この強引な展開も、エンターテイメントと考えれば得心する。漫画が少々強引な展開になっても、「漫画だから」と得心するのと同じである。この時代に漫画は無かったのだから、『虞美人草』が漫画に代わるエンタメだからだ。というか、フィクションなのだから何でもいいのだ。

この『虞美人草』という小説だが、夏目漱石の小説の中では結構マイナーではないだろうか。自分的には、『吾輩は猫である』が一番好きで、2番目はこの『虞美人草』かな。