松本雄貴のブログ

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42回目「パリ、テキサス」(ヴィム・ヴェンダース監督)

家族を捨て、行方不明になっていた男(トラヴィス)がテキサスの砂漠で倒れているのを発見される。連絡を受けた男の弟が、彼を迎えに行く。トラヴィスは、しばらく弟夫婦の家に世話になる。弟夫婦の家には、トラヴィスの実の息子(ハンター)がいた。弟夫婦は、身寄りがなくなったハンターを4年間、本来の親に代わって養育していたのである。

最初は気まずく、ぎこちなかった父と息子も、弟夫婦の家で共に生活をしていく内に親子の関係が修復され、打ち解けていく。やがてハンターは、父と同じく自分を捨てた母親(ジェーン)を、トラヴィスと共に探しに出かける。というお話。

パリ、テキサス』はロードムービーだ。劇中では二つの旅が描かれる。4年ぶりに再会したトラヴィスと弟が、テキサスから弟の自宅があるカリフォルニアに帰るまでが一つ目の旅。ヒューストンにいるとされるジェーンに会う為に、トラヴィスとハンターが、弟夫婦の家を出発するのが二つ目の旅だ。

自分は、この映画を過去に2回観ている。2回とも途中で睡魔に襲われ、鑑賞中に15分ほど寝てしまった。いずれも一つ目の旅の途中で寝てしまった。理由はおそらく、一度目の旅のシーンがあまりに緩慢でスローペースだったからだと思う。この時点では兄のトラヴィスは心を開いておらず、色々と事情を聞こうとする弟に対しても終始無言であるし、時折BGMとして流れるギターの音色も良い味を出しているのだが、映画全体の気怠さに拍車をかけている。道中のアンニュイな空気は、ロードムービーの良さの一つだが、味気ない砂漠の画面と、トラヴィスの無言、そしてギターの音色でついウトウトとしてしまったのだ。

しかし、過去2回の鑑賞で残っていた『パリ、テキサス』の印象は、意外にも「良い映画」というものだった。間の15分をいずれも寝ていたクセにである。その「良い映画」の印象を残して先日、3回目の鑑賞をしたのだが、自分がこの映画を何故良い映画と感じたのかは、ラスト近くのシーンに依るものだと判明した。

ヒューストンでジェーンの居場所を奇跡的に突き止めたトラヴィス。ジェーンは、覗き部屋のような店で働いていた。話し相手の欲しい男性が、マジックミラーを隔てた部屋の向こうにいる女性に受話器を介して話しかける、という店だ。女性の方から男性客の姿は見えない。風俗店ではないが、出会い系を連想させる、あまり健全ではない、そんな店だ。その店の個室で、客のフリをしたトラヴィスが、ジェーンと再会する。ここでようやく、トラヴィスが何故、家族を捨てて4年間も蒸発していたのか、その理由を目の前にいるジェーンに語るのだが、このシーンに自分はとても感動したのである。

ただ、自分が感動したのは、トラヴィスの口から説明される、行方不明になった理由ではない。正直、ここで交わされる元夫婦の会話、主にトラヴィスのセリフは説明的であり凡庸である。乱暴に纏めれば、自分よりも一回りも若い妻に嫉妬していた、という内容だ。それに加えて、アルコールに逃げるとか、仕事を辞めるとか、DVとか、ワイドショー的な内容が、説明的なセリフに乗って垂れ流される。普通、このような通俗的に過ぎる内容を、しかも説明的なセリフによって語れれる場合、アート好き・文学好きと自ら標榜している自分のような捻くれた人間は、軽蔑こそすれ、感動などしない。

では、このシーンのどこに自分は心を打たれたのだろうか。その最大の理由は、この会話が交わされている場所にあると思っている。男が性的な欲望と下心を携えて来る覗き部屋のような店。その個室で交わされる、元夫婦の会話。ジェーンからはトラヴィスの姿が見えない。だから、最初はトラヴィスを普通の客だと思っている。しかし、マジックミラーの向こうにいる男が語る言葉は、何故か自分の過去にシンクロする。そして、あるセリフを聞いた瞬間に、目の前にいる客が、自分の元夫のトラヴィスであると確信する。ずっと遠くにいて待ち焦がれていたものが、唐突に目の前にいると分かったときの喜びと、それでも、こちら側からは姿が確認できないもどかしさ。トラヴィスの方からは、無論、ジェーンの姿が見えているが、ジェーンの顔を直視するような事はしない。なぜか、後ろを向いて話す。正面を向いて話すことは、ジェーンを元妻ではなく、覗き部屋で働く娼婦として話すことになるから、戸惑いがあったのかもしれない。しかし、ジェーンがいる部屋の照明を消し、トラヴィスが自分の顔にライトを当てるとマジックミラーの効果が逆転する。ジェーンからトラヴィスの顔が見えるようになると、トラヴィスは、自分の顔がジェーンにもっと認識できるように、顔を近づけ、正面を向いて話す。語られる内容は通俗的であるのに、個室とマジックミラーという場所と小道具を上手く使って、お互いの繊細な感情の動きを表現する手法に、自分は感動したのだった。

一つだけ、不満がある。4年間、本当の親のようにハンターを育てた弟夫婦に対するフォローが全くない。そこがとても不憫に感じる。2時間以上ある映画なので、冒頭の冗漫なシーンを少し削って、弟夫婦のその後にもスポットを充てて欲しかった。

以上

 

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