松本雄貴のブログ

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26回目「4ヶ月、3週と2日」(クリスティアン・ムンジウ監督)

意味深なタイトルに引かれてDVDで観た。数年前にパルムドールを受賞したルーマニアの映画という情報以外は、なんの予備知識もなかった。タイトルから、4か月後に地球が滅亡するのに立ち向かう人類の話かな、などと馬鹿な連想をしたのだが、全然違う映画だった。

 「チャウシェスク大統領による独裁政権ルーマニアを舞台に、妊娠をしたルームメイトの違法中絶を手助けするヒロインの一日を描いた作品」

 

 ウィキペディアには、上記のような粗筋が紹介されている。確かに、そういう映画である。しかし、どんな名作と呼ばれている映画でも、粗筋を一言で説明すると味気なくなる。ストーリーだけで映画を語るなんて野暮ではないだろうか。『4ヶ月、3週と2日』は、ストーリーだけ知りたければウィキペディアの説明だけで足りるシンプルな映画だ。決して、難解な映画ではない。しかし、シンプルなストーリーの裏に、一筋縄ではいかない凄みを感じさせる映画だ。

 学校の寮と思われる一室で二人の女性が会話している場面から始まる。予備知識の全くない状態で観ていた為、会話の内容がなかなか掴み取れない。この場面で交わされた他愛のない会話が、今後の展開でどのように関連してくるのか、観ている段階では分からない。分からないのだが、なにか不穏なものを感じる。やがて、二人の女性のうちの一人、オティリアと名乗る女性が、寮を出発し彼氏がいる学校に行く。そこで交わされるオティリアと彼氏の会話も、彼氏の母親の誕生パーティーに来るかどうかという、いわば《普通の会話》なのだが、冒頭の会話と同じく、今後の展開への関連性が不明であり、尚且つ不穏である。

そして、彼氏と別れたオティリアが、次はどういうわけか寂れたホテルに行くのだが、ここでもホテルのフロントスタッフと「予約があるかないか」という《普通の会話》がなされる。同じく関連性は不明であり、内容も不穏なものだ。さらに、「なぜホテルに来たのか」という新たな謎まで加わる。冒頭からここまで、目的が明かされず、事実のみを淡々と提示しているのだ。

やがて、違法中絶を生業とする男(ベベと名乗る)と、オティリアが出会い、さらに冒頭に出てきたもう一人の女性(ガビツァと名乗る)も再度登場し、この三人がホテルの一室に集まった時にはじめて、オティリアがホテルを探していた理由が判明する。この部屋で、妊娠したガビツァの中絶手術をするのが目的だったのだ。

 

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ホテルの一室で3人集まるシーン

しかし、これ以降も肝心なことは殆ど語られないまま、淡々と映画が進む。例えば、何故ガビツァが妊娠したのか、その経緯や相手の男の事などは何も語られない。何故、単にルームメイトに過ぎないオティリアが、リスクや危険を冒してまでガビツァに協力するのかも分からない。映画を観てもらえれば分かるが、オティリアのガビツァに対する献身的な行動は、明らかに友情の域を超えている。「仲の良い友達のため」などという生易しいものではなく、もっと凄まじいものを感じる。しかし、二人の女性の関係を掘り下るようなことはせず、二人が「ルームメイトである」という事実以外は何も語られない。

この徹底した不親切さが、とても良い。不親切なのは、粗筋だけではない。中絶がテーマになっている映画だが、その是非を声高に問いかけるようなことはしない。中絶に限らず、社会的な問題をテーマにした映画は、とかく声高になりがちだが、この映画は、情緒をできる限り省いている。二人の女性をはじめ、登場人物たちは一応、怒ったり悲しんだり笑ったりもするのだが、どこか感情が抑制されている。音楽もエンディング以外では一切流れない。そんな分かりやすい観客へのサービスは、はなから放棄しているようにすら感じる。大仰な演技や派手な演出に依ることなく、「中絶」というものに関わることになった人達の感情を、ぎりぎりまで抑制しながらも、とても繊細に表現している。

また、映像も全体的にくすんでいる。オティリアたちが滞在するホテルは、常に電球が切れかけているし、フロントのスタッフも、ものすごく不愛想だ。彼氏の母親の誕生パーティーの場面も、一見、ガヤガヤと盛り上がって楽しんでいるように見えるが、内容も含めどこか空虚さを感じる。ハリウッド映画のパーティーのシーンみたいな華やかさは、全くない。控え目というよりは、どこか荒んだ印象がある。

時折映る外の景色は、映画全体の暗さ・重さを象徴しているかのように、どんよりと曇っている。この曇天が、途轍もなく鬱々とした雰囲気を出している。それは、映画だけでなく、当時のルーマニアという国全体の閉塞感をも象徴している気がする。当時のルーマニアの人々が抱えていた、どうにもならない貧困と、そこからくる不満、疲労感、徒労感、諦念、そういったものが、「中絶」というテーマにカモフラージュされているが、凝縮されている気がした。

つまり、とても暗くて、重くて、気分が沈み、尚且つ、不親切な映画なのだけど、それだけに見入ってします稀有な映画だった。

以上。

4ヶ月、3週と2日 デラックス版 [DVD]